地表にある水は、液体の水として河川・湖沼、海洋があり、気体として水蒸気があります。また、空気中に液体・個体の微粒子である雨粒・雪粒があります。これらの水が、空気中及び地表を循環することが、降雨・降雪であったり、河川、湖沼を形成したりします。そして、降雨・流水の形で、海洋に溜まります。太陽エネルギーを受け、この地表の水の循環が起こり、それが、気象現象、陸水(河川・地下水、湖沼等)現象となり、この全体を水圏運動と言います。
この陸水の循環は自然現象ですが、人間社会が水圏に大きな影響を及ぼしています。大河川を利用した灌漑農業は、巨大国家形成を可能にしました。河川や湖沼を堤防構築によって洪水から農業生産地を守ると共に、必要な水利(灌漑)施設を構築することが、古代国家の最重要の行政でした。しかし、広大な農業生産地を確保し、食糧増産に携わる奴隷労働を統括した国家権力は、農業生産地と奴隷獲得のための戦争を必須としました。鉄器の発明が、戦争を有利にしたのと軌を一にして、農業生産を飛躍的に増大させたのです。
こうした、人間が人間を支配する階級社会が生れると、自然物である水の循環が歪められて行きます。奴隷労働により造られた灌漑施設、田畑等生産地は支配者(国家)の所有物として、流路変更・堤防強化などを恣意的に行ったことで、堤防決壊・洪水といった自然の逆襲を招くことが頻発するようになったのです。降雨が表流水として流れ、窪地に溜池を生じ、地下水として溜りますが、これら扇状地・沖積平野は河川。湖沼・地下水の領域であり、降雨が多ければ、この領域全体が潤されるもので、堤防の内側だけで治まるものではありません。
奴隷労働による低い農業生産力の社会では、周期的豪雨による堤防決壊・田畑流出は避けられず、むしろ、流入肥沃土による生産拡大の恵みを享受していたのではないでしょうか。土地に縛り付けられ年貢を課された、農奴労働では、灌漑施設、農業生産地の自治的統制が行われ、支配階級は、「人は城」と軍事優先を唄った武田信玄が、治水技術の「霞堤」を創ったように、戦争に備えた城郭築造強化の土木技術を、河川統制の築堤等に活かしたことは歴史的事実です。
明治以降、資本主義を導入した日本では、西欧の近代的土木技術を導入し、河川高堤防化及び、蛇行を少なくした「捷水路方式」により、洪水防止を図りました。それは同時に、大土地所有者・地主階級にとって、小作地拡大、農用地保全という大きな利益に繋がるものでした。大正年間高梁川大改修で、東高梁川廃川地化でクラレ工場用地を手に入れた大原家、高梁川一本化で大小作地の用水確保を狙った、玉島長尾の大地主小野家、に象徴される、大地主・資本家が河川大改修を肯定・推進したことは明らかです。この「高堤防・捷水路(高水)方式」は、1945年日本敗戦直後の、河川下流域での大水害を引き起こし、見直しが図られ、「ダム方式」が「多目的ダム・総合開発」の名で、アメリカ「テネシー河総合開発」を真似て全国展開されて来ました。この「高水・ダム方式」による、利水・治水の歪みが、その後の水害を深刻化させたのではないか、この問題意識が重要ではないでしょうか。
資本主義は、工業及び商業分野で資本蓄積を加速する中、自らの利益に沿って国土を改変して行きます。高梁川大改修で廃川地化した、東高梁川の最下流地に建設された水島コンビナート、その労働者のベッドタウンとして真備町が開発され、今回、2018年7月豪雨・水害で甚大な被害が発生したことは、資本主義の国土開発の問題点として、追求し、その改革提言が必要と考えます。
最近のコメント