頻発する豪雨災害の原因に、人間社会が起こす地球温暖化が関わっていると言われます。大気中の水蒸気量が、二酸化炭素と共に温暖化を促進させ、その温暖化が台風等を強大化させ、風水害を酷くしています。大気の大循環と云われる地球規模の自然現象が、まるで人間社会に復讐するかのように、風水害と云う災害をもたらすのです。生物としての人間は、体重の70%が水(胎児は90%)で出来ているというところに水を必要とする根源があり、人間社会は水を色々と利用して成り立っています。命を守るのも水、災害で命を奪うのも水であり、水の挙動を酷くしないよう利用をコントロールするしかありません。その時、水そのものをコントロールしようとすれば痛烈なしっぺ返しを食らうのです。
堤防で流路を制限した河川に、高い擁壁を築いてダムをつくり、流量調整して下流の洪水を何とかしようとのダムコントロールは、その思惑を超えた上流の豪雨により打ち破られ、ダムが無い時以上の被害を下流に与えます。2018年豪雨の際、八ッ場ダムが洪水防止に役立ったのは、貯水を始めたばかりで空き容量が大きかったからで、通常のダム管理ーー上流からの水量を同量下流に流すーーでは下流の洪水を防げなかったと言われます。そもそも地球規模の大気大循環の中の流域雨量に対して遥かに小規模のダム貯水容量でコントロールしようとするのは、ドン・キホーテが水車に戦いを挑んで跳ね飛ばされる話のように夢想に近いものではないでしょうか。
文明開化を進める明治政府は、明治29年河川法を制定し、江戸時代までの農業社会の治水方式「低水方式」を否定し、高い堤防と流路の蛇行修正・直線化で水を河川内に閉じ込める「高水方式」に強引に誘導して行きました。水の管理方法としては、蛇行を止めた堤防に対して水の勢い・攻撃力が増す上に、速い流れが川底の土砂を巻き込んで破壊力を増し、堤防決壊に導くことが容易になります。ドン・キホーテの夢想と同じではないでしょうか。
ではどうすれば自然現象としての豪雨を災害にしない方法はあるのでしょうか。人類は、工業化社会よりはるかに長い農耕社会で、水との付き合い方を学んできました。堤防は高くしない「低水方式」です。舟運が運搬移動手段の重要な位置を占めた居た時は、河川水位を一定に保つため、低い井堰で水位傾斜を無くすことに力を尽くしました。堤防を高くすれば低い所で決壊が起こるのは当然で、高さを抑制し、河川の高低差を減らし水平を保とうとしたのは、水を暴れさせないやり方です。豪雨災害が頻発する時代には、「低水方式」が求められるのではないでしょうか。
低水方式は、水を貯める方式でもあり、近年の浸水被害は、排水不良の地形・地表面に頻発するようになって来ました。低地の遊水池を拡げ大きな一時貯留量を確保する、または、地下放水路を造って一時貯留し降雨後ポンプアップし河川に放流するしかありません。浸水対策は、雨水と汚水の合流式下水道として計画がつくられていますが、豪雨が起きる広い範囲に対応できていません。浸水対策としての計画は、干拓で用排水路計画をつくった時のノウハウーー樋門と水路網の活用ーーをひも解いて綿密な計画・運用システムを完備しなければなりません。
さらに、地表面のアスファルト化、コンクリート化がもたらす、地下水の減少・偏移など、田圃のダム効果や地下水涵養が減少していることへの補填対策が必要です。特に、下流域は、上流からの水量ですぐに水位上昇が起き、用排水路を通じて上流への逆流が発生し、排水不良・内水氾濫が頻発しています。こうした地区では、遊水池や排水路が必要です。下流域が田圃である場合、新たな排水路開削或いは、補償を付けた田圃ダム・遊水地づくりを計画しなければなりません。更に、上流の山地の貯水機能を保持する林業・農業振興を支援する、下流域からの「水源涵養林」のような協力金支出が必要です。こうした取り組みと共に農業社会復活を伴った新しい都市計画(下水道計画・浸水対策のある自然共生型まちづくり計画)が求められていると考えます。、
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