2018年西日本豪雨災害の頃から「流域治水」が声高に言われ始めました。流域全体で総合的な治水対策を、として、ダムや堤防等従来政策に加え、遊水池代わりに小河川を豪雨前に空にし、排水ポンプ(ゲートポンプ含む)設置及び連携操作で内水平準化し、多数溜水の「田圃ダム」などが例示されています。しかし、それらの政策を具体化し、総合的な治水対策に高め、それを優先順位に沿って実行する計画にはなっていません。その根本には、そもそも「治水」とは何か、についての本質論、治水思想が無いのではないでしょうか。
古来より治水は国の礎とされて来ました。歴史上の武田信玄「信玄堤」、加藤清正「越流堤」は、水の勢いを和らげ、水に広い地面を与え、高低差・水位差を減らして水を治めるのです。熊沢蕃山の「治山治水」は、流域治水の原始的形態ーー山の緑を守れ、木を切るなーーと言うものです。熊沢は、弟子の津田永忠の干拓・新田開発に反対した、と言われます。
人間社会が、水を利用する、(水が造った⁾沖積平野を利用するとき、人間の都合で水の制御を試みます。それが大規模になればなるほど、水の逆襲が激しくなり、謂わば、水の逆襲に対する闘い、として治水が取り組まれるようになります。そこに人間がいなければ災害とはなりません。水の逆襲に負けない装置(堤防・ダム・様々な水利・治水施設)を造り出しては、人間の生活圏を拡大して来ました。装置が強力になればなるほど、水の逆襲は強くなり、装置を破壊し、被害も大きくなって来ました。近年は、人間社会の活動が二酸化炭素増大・地球温暖化をもたらし、気候危機・異常気象災害が頻発が酷くなって来ました。
気候危機・異常気象災害は、人間社会と水の逆襲との矛盾を激化させています。気候危機打開を目指すと共に、人間社会と水の逆襲との矛盾を和らげる道を探求しなければなりません。それが、気候危機時代の治水ではないでしょうか。水の働きと地形・河川・地下水構造、地中と地表面の動植物の保水を含む水圏全体の変容を観測し、気候危機の全面的探究が求められます。差し当たり、現在の水利施設・治水施設の効能の再点検で、個々対応で設置された、水利・治水施設の有効性や活用法を検証し、改善し、必要な補強・調整を行うことです。
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